死に関する短編

20:22今日も昨日も10日前も3ヶ月前にも心に留めなかった人のことを口性なく言うのも悼むのも、その間にはたらいているものの中に似たものが潜んでいるような気がして、自分の胸のうちに薄暗いものに感じる。 ガルシア・マルケスの短編集『青犬の目』を読んで…

『砂の子ども』、家の一部になる

やっと体調が回復した。なんとなくの不調が続くとだんだん「具合が悪いような気がしているだけかもしれない」「休むことに慣れてしまっただけかもしれない」と思い始めるのだけれど、こうして元気になってみるとわかる。確かに具合の悪い一週間だった。 久し…

読み間違いが新たなものがたりを生む

去年の秋頃から、1ヶ月に1冊フランス語の本を読もう!という試みに参加していて、今はル・クレジオの『海を見たことがなかった少年』を読んでいる。語彙も文法もそんなに難しくはないのだけれど、いまはなんだか日本語のものを読みたい(というよりも今なら…

眠気、可哀想な自転車、『ブルースだってただの唄』

1月20日 子どもの頃から勉強が苦じゃなかったので、大人になってから友人が資格試験のために図書館で勉強をすることに付き合った時にその人が机に向かって3分も起きていられないことに驚いた。勉強しようとするととたんに眠くなってしまうらしい。数時間滞在…

夏の途中から終わりまでの日記

8月21日 行つ戻りつしながら再読していた『なしのたわむれ』をふたたび読み終える。何かを見たり聞いたり考えたりしていること、そういうぼんやりとした接点のことを、言葉という限りのあるもので留めてしまうことへの疑いがありながらも、このお二人の文章…

8月5日から11日の日記

8月5日 なんとなくお腹が空いて、財布を手にパン屋へ向かう。北駅付近のパン屋は軒並みバカンスに入っていてずいぶん大回りをしてやっと6軒目でクロワッサンにありつける。バターが多めで重たいクロワッサン。1週間の仕事が終わり、同時にひとつ仕事がはいる…

『息吹』テッド・チャン/大森望 訳(早川書房)

「あなたの人生の物語」で好きになった作家さん。この短編集でも言語に関する小編「偽りのない事実、偽りのない気持ち」が心にひっかかった。 経験したことを何もかも記録する媒体装置を体に付属させることが当たり前になった社会と、文字という記録媒体に初…

旅を思い出す本のこと

須賀敦子さんの本は異国の霧に覆われていていつも開くとヨーロッパでことこと過ごした時間のことを思い出す。長い電車の旅の間に彼女の本を読んだことも関係しているのかもしれないな。ベルリンではいつも友達がいたけれどバレエのレッスンに寝坊してもう誰…

ひとりひとりのものであり、ひとりひとりのものでないもののこと

ある本を読んで、初めて氷に触った時のことを思い出した。わからない。ほんとうの記憶じゃないかもしれないけど。すごく澄んだ濡れたかたまりだったのにとても熱くてびっくりした。火傷をしたのかと思ったら手も濡れていた。透明の中に炎がつまっているんだ…

平均律、音のせかいのこと

ピアノの調律をしているひとが書いた本を読んだ。平均律の成り立ちについて、知らなかったことを知った。何百年も昔のギリシャのひとは、どうやってオクターブ音が離れていると振動数が倍になる、とわかったんだろう。とか、音楽の知識がまるでないからやっ…

『ムーミンパパ海へ行く』やそのほかのこと

髪を短く切った。ラフォーレのセールでひとにもまれた。『ムーミンパパ海へ行く』をもう一度読んだ。パパは自分が家族を守っているという実感を、ママは自分の庭を、ムーミントロールは自分と世界とのかかわりについて、それぞれが新しい灯台のある島でみつ…

『モモ』、『精霊たちの家』、血の叙事詩、alba

『モモ』を観た。ちいさいころから何度読んだかわからない物語。見ることをずっとためらっていたけれど、ミヒャエル・エンデ自身が制作に携わったということで励まされ(しかし原作者が映画制作に立ち会ったからといってその映画が必ずしもイメージを保ち、…

『草の花』 福永武彦

“廊下の片側だけ、降り込んだ雪が仄白くつもっていた。私は雪を避けて反対側を歩いたが、それでも草履の裏に、時々、さくさくと雪のきしむ音がした。”“つまりギリシャはね、人間を信仰したんだ。まず神々を信仰し、次いで神々を創った人間を信仰し、最後には…

遠い国で(『停電の夜に』)

今『停電の夜に』を読んでいる。ジュンパ・ラヒリ自身がそうであるように、母国から離れているインドのひとの話が多い。国から離れていることは直接物語の大筋には関係がないこともある。けれどどこかにそのことを抱えている。読んでいてふと、アーヴィング…

『砂の女』 安部公房

途中で読むのを止めた本は何冊もあるけれどほんとうに具合が悪くなって止めた本はこれと『残酷な神が支配する』だけ。(残酷な…のほうは今だに続きを買うことすらできなくて7巻までが本棚の奥ふかくに封印されている。あの本をいつか最後まで読めるのかなぁ?…

『日々の泡』 ボリス・ヴィアン

もやんとしていたのはこのお話のせいだったのではないか。もしかしてもしかすると。いや、違うか。けれど世をはかなみたくなるくらいに美しくかつ、現実は残酷だった。クロエ、というこの名前はボリス・ヴィアンからではなくロンゴスから。ロンゴスのお話で…

『フラニーとゾーイー』 サリンジャー

何度もトライしたのにいつも残り3分の1くらいで読むのをやめてしまっていた。サリンジャーの文章もしくは野崎さんの翻訳は、私にとってある状態にないとすんなり入ってこないもののようだ。フラニーみたいに、なにもかにもがちょっぴり許せないような受付け…

遺稿、『さらばモンゴロイド-人種に物言いをつける』神部 武宣

高校時代からなんとなく考古学とか神話とか生きていることの不思議みたいなことが好きで、そんな分野の研究をしてゆきたいと思っていた。でも自分が興味を覚えていることがとても曖昧にひろがっていて(考古学から哲学から生物学、心理学、教育や芸術のこと…

『ムーミンパパ海へいく』 トーベ・ヤンソン

飛行機のなかで読み始めた。カンボジアの街をじりじりやかれながら歩いて、お昼の休憩の時にも開いた。涼しい部屋は赤い遮光カーテンにさえぎられていて、バイクの音と工事の音が遠くに聞こえていた。パパが可愛かった。家族のみんなに頼ってほしくて仕方が…

『ぼくの哲学』 アンディ・ウォーホル

キャンベルのトマト缶と、輪郭と色のずれたマリリン・モンロー。アンディ・ウォーホルといったら私はそれしかしらない。こないだのヤン・ファーブルの舞台を見たり友達にシルクスクリーンのことを聞いたりしてそろそろ知りたいなと思っていたところこの本を…

『アルプスの少女ハイジ』 ヨハナ・シュピリ

友人が送ってくれた『アルプスの少女ハイジ』を読んだ。私は物語がすきな子供であったのでたくさん本を読んだ。毎週図書館に通って大きな棚の間をぬって歩き、面白そうな背表紙を眺める。だんだん、背表紙を見るだけで自分の好みの本が分かるようになってく…

『手紙』 小西 真奈美

友達に借りた本のことばたちがやさしくて、あまりにもすっと透明で、こころはぐんぐんそれを吸い取りたいようだった。けれどもうこれ以上電車のなかでは読めない、あふれちゃうから。と、たった今本をぱたんと閉じた。余韻が潤うみたいに鼻から胸につたって…

『人間失格』 太宰治

はじめにこの本を読んだのは中学生の時だったかな…。あまりちゃんとした文学を読んだことがないのだけれど、教科書に載っていた太宰治がかっこよかったから読んでみたんだと記憶している。だけどあまりちゃんと読まなかったのか、理解できなかったのか…当時…

『アンチノイズ』 辻仁成

この「音の地図」という発想がまず私をわくわくさせた。主人公は梵鐘の音に魅せられるのだけれど、私も家にいて時折聞こえる鐘の音をとても好きだと思っていたから。音を地図に表すなんて。こんなの暇があったらやってみたい。辻仁成さんは音楽をやっているというこ…

とおい国のちいさな島 ku:nel「ムーミンのひみつ。」

ku:nelの11月20日発売号は、「ムーミンのひみつ。」という表紙ではじまっている。これは!とお昼休みに買いにいって、お昼休み中パンをかじりながらトーベ・ヤンソンの世界にひたった。今ちょうどトーベ・ヤンソンの短編集を読んでいるのだけれど(この次…

『リリイ・シュシュのすべて』

壊れた世界のおはなし。でも少し美しく感じるのはなぜだろう。歪んでいて、無臭。すべてを手放しているからなのかな。岩井俊二は、ニセモノをよく描く。それはほんものより語ってくれることが多いからだろうか。ニセモノみたいな世界だとずっと思ってた。で…

『停電の夜に』 ジュンパ・ラヒリ

友達の感想を見て、これは読みたい!と思った本。そんな本はたくさんあるんだけれど、運良くその日は夕方空いていてふらりと立ち寄った小さな本屋さんにその本があったから。すぐに手にとった。ピューリッツァー賞を取った(ピューリッツァー賞には思い入れ…

『ピアノと平均律の謎』

いつだったか…いつのものようにお昼休みに本屋さんで立ち読みをした際に『ピアノと平均律の謎』という本を見つけた。ふと惹かれてぱらぱらと捲ると、そこにはピアノという特殊な楽器と、それを調律することの奥深さがひろがっていた。本当にさわりしか読めな…

『ぶらんこ乗り』 いしいしんじ

本当は『ポーの話』を読んでみたかったのだけれどまだそれは文庫本になっていなくて、そのときの私は文庫本が読みたかったから。最近仲良くなったひとが小さい頃にぶらんこをこぐのが上手だったと言った。ぶらんこのくさりに腕をからませて、揺られながらく…

『少女ソフィアの夏』 トーベ・ヤンソン

弟のラルフ(ムーミンの漫画を描いている)の娘ソフィアとおばあちゃんをモデルとした話。長いながい夏休みを小さな孤島で過ごす、ひと夏。永遠のような冬を終えて島はいのちやその残りで溢れている。立ち枯れた乾いた幹や蔓、苔が地面を覆い、隙間を埋める…