formation、バルタバス、オンラインクラス開始から3ヶ月

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日記を残す場所をこのごろずっと考えている。
ひとつのところにずっと積み重ねるつもりが、振り返るとあちこちに書き散らしてしまった。
はてな、アメブロ、pocket、tumblr、note、substack、medium…
記録をただ残したいだけならどこでもよかったはずなのだけれど、色んな人に読んでほしいなとかいずれ誰かと一緒に日記を書ける仕組みがあるところがいいなとかニュースレターという形もいいなとか、でも今まで書き貯めたものはどうしたらいいかなとか、ぐるぐる考えてしまう。
たかがわたしの日記なのだからそんなたいそうなことを考えても仕方がない。
いまは静かに残せたらいいや。


7月のはじめの2週はformationがあった。
平日には大きな予定がなかったのに、なんだかぐったり疲れていつの間にか過ぎてしまった7月前半だった。

バカンスに入ると同時に新しい仕事も始まった。
張り詰めた気持ちで向かったけれど、いざ対峙してみたら、落ち着いて目の前にあるこのことにきちんと接したらいいのだと肝が据わる。なにもいわれなくここにいるわけではないのだから。本番と同じだ。自分を大きく見せることもしなくていいし、むしろそんなことできない。

引っ越ししてきて1年近くも経って、やっとお隣さんとアペロ(軽食食べながらおしゃべり)。
もちろん庭でちょっと話をしたりしたことはあったけれど、赤ちゃんもいることだし万が一自分が感染源にでもなったら…という気持ちもあって家に呼んだりすることも延ばしのばしになっていたのだった。
夏休みにカチューシャ(猫)の面倒を見ることになった。

 


20日にはヴェルサイユ宮殿まで バルタバスを見に行った。

www.parislete.fr

フランスには馬を使ったパフォーマンスやサーカスをする団体があるのだけれど、その中でもずっと見てみたかった。
タイトル『ENTRETIENS SILENCIEUX』からいって派手なアクロバットや飾りはないだろうと予想していたけれど、とことん渋い、玄人向けの内容だった。

ほとんど黒毛の馬に、黒いコスチュームを着けたバルタバスさん、登場するのはこれだけ。
はじめに馬の前足をぐうっとひっぱって(ぽきっと音がする)ストレッチをしてあげるところから始まる。
いくつかの軌道を描いては、じっとたたずむ。
音楽はなし。
馬の大きな肺から漏れる息と、足音と、バルタバスさんが「ちっ、ちっ」と口から鳴らす小さな音だけ。
最初はただ軌道をなんどもなぞる。あるところですっと佇んで、美しい姿をじっと長い時間見せてくれる。
時々、さっきと違う歩きかたをしているかもしれない、と思う。
ほんの少しスピードが変わったり、足のリズムが変わったり、明らかに今はスキップしているんだということが見て取れたり、さっきよりも両脚を深くクロスしている、等。
でも多くの歩き方の違いが私にはわからない。
1時間強のスペクタクルの中でただずっとそのことが繰り返された。
わたしたちの側に座っていた女の子は馬に詳しいらしく、どれだけ素晴らしい技を使ってこの馬が歩いているかということを自分の父親に囁いていたらしい。私にもそれが分かったらもっと堪能できたんだけどなあ。
とはいえ、長い伝統や訓練のすえの洗練のようなものを感じて、なんだかすごいものを見たのかもしれない…という感触は残った。

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自分が観客として舞台を見ている時にいつも思うのは、特に出だしのほんの小さな要素が、観客に、その舞台全体をどう解釈し、どういう姿勢で見るかの選択をさせ、実際にある時間を長くも短くも感じさせる、ということ。
特に今回のような説明も音や光などの効果のようなものがないシンプルなもの、ましてや洗練されたものだと、ほんの小さなきっかけがすべて計算されたものであり、観客としてそれを受け取っておかなければならない、その上でこの先の時間を自分なりに咀嚼しないといけないという風に思うので、舞台上には余計なものはひとつもあってはいけない。
今回は、途中馬のため息が会場中にこだまのように反響した一瞬があった。それで私は「あ、こういう音響効果を使う感じの公演なのかもしれない」とマイクを探してしまった(結局それはただたまたまその場所が音の反響する場所だったというだけだったのだが)。
さらに途中馬が首を振りながら歯をぱかん、ぱかんと鳴らし始めたので、こういう音もなにか演出のひとつなのかもしれないと考えたが、他に積み上がる要素もなさそうなのでだんだん、それとも今日は馬の機嫌が悪くて予定通りの演技をしてくれていないのか…どっちなんだ?と分からなくなる。
しばらく見ていたらわかるだろう、わかるだろう、……、と待っているうちに(私がほんの少し期待していたような変化は)何も起こらずに公演は終わった。

何も起こらないと、観客はそこになにかを見ようとする。
でもその見ようとする努力が継続する時間にも限度があるので、そのどこで次のアクションを起こすかはとても重要だな、とも思いつつ、こういう思い切り渋いパフォーマンスができるのは積み上げがあるからだし、そうあることは基本なのだよな…とか色々考えて口数が少なくなった。

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その日はパリに戻ってきて、久しぶりの友達と長く話せて嬉しかった。
いつもならひとりが帰るタイミングでじゃあお開きにしようか、という感じになるのだけれど、思い切ってカフェ変えてもうちょっと話そう、と言えて嬉しい。
最近読んだ岡田育さんの『我は、おばさん』のおかげだ。(どういうことなのかはそのうち書くかもしれない)

okadaic.net

 

オンラインでストレッチクラスを始めてから3ヶ月が経った。
50分ほどのメニューを組むことは、去年confinement(ロックダウンのこと)に入ってからライブ放送をしていたので慣れてきたとはいえ、毎回、これだ!と良い組み上がりができるまで苦労する。
自分の知っている動きを並べて、目的に向かってどういう順番で、どういう関連を持たせながら、どんなふうに意識をつなげながら動かすのがいいのか、どのトレーニングをどのタイミングで入れると良い状態のまま鍛えることができるのか、ただフィジカルを動かす気持ちの良さの中に普段は考えない意識や、反射の仕組みを入れて動かなかったものを動かすようにするにはどれを選ぶと効果的かとか…
全体の感覚としてもひとつらなりになっていないと気持ちが悪いので、何回も自分でなぞっては組み直す、ということをしている。
呼吸と姿勢を作る筋肉との関係、ひとつの骨についてどう対称する筋肉が働きかけているのか、動かしていると思っても実はちゃんと動いていないこと、動かないと思っていても実は動くこと、体の感覚にまかせて自然に学習してゆけることがあること、…を自然に混ぜながら、意識しないでもいつのまにか積み上がっていくようなものにしたい。
急に柔軟性が上がるというものよりも、ストレッチをしていない日常の体にも目がいくような。

hail-eggplant-e08.notion.site

 

久しぶりに短い動画もアップロードした。
足の悩みやトラブル、姿勢に関する違和感へのヒントになれば。
📹14分!【O脚・外反母趾・姿勢改善】美しい姿勢の土台をつくる


www.youtube.com

 

オリンピックの開会式を見たことも書きたかったけれど、疲れてしまったのでまた今度。