* 新宿/図書館への道、本の夢



この坂道をぐいぐい下って向かう先はふたつ。
図書館か、習っていたエレクトーンの先生の家。


本を読むことが大好きだったので図書館によく通 った。
お父さんの分もお母さんの分も図書カードを借りて抱えきれないくらいたくさん本を持って帰った。
たいていいつも1冊か2冊は読みきれなくてそのまま返すことになるのに、いつも上限ぎりぎりまで借りた。

並んでいる本を眺めるのが好きだ。
まあるい背中、へこんだ文字、表紙とひと続きの絵、やけた紙、浮きかかったビニールカバー。
面白いに違いない背表紙はすぐに目に入る。
好きな棚は決まっていたけれど、ときどきほかの場所から新しい好きな本を掘り出すのが楽しかった。
大人用の棚にはどきどきするような題名のものがたくさん並んでいて、ただぐるぐると見て回るだけでいろんなことを吸い込んだ気になった。

棚の面の背表紙にはたくさん文字が書いてあって、その本一冊いっさつにたくさん文字が書いてある。
紙の表と裏の間にはほとんど距離がないのにあんなにぎっしりと世界がつまっていることにいつもこころがわくわくするし、ときどきすっとなにかの隙間に落ち込んじゃったような感覚に陥る。
図書館は図書館分の面積ではないな、といつも思う。


よく夢で見る図書館がある。
大通りの公園を抜けると中2階のようなところから入ることが出来る。
よく出来た学園祭の出し物のような、入り組んでつくり込まれた建物。
階段を降りると借りられる本と買える本がなにか特定の決まりで棚に収まっていて、その見極めが難しい。
ずいぶん階段を降りてきたのに自然の光が入るようになっていて、明るいなかにいつもたくさんの子供がいる。
私のお気に入りの棚には、ラベンダー色の、辞書のような分厚い物語が並んでいる。


夢に出てる本はいつも偽物なのだけれど、どうしてだろう。
ほかのひともそうなんだろうか。
夢に本棚が出てくると私は目をこらして背表紙をじっと見る。
それは確かに私の知っている文字で書かれているんだけれど、まったく意味を為していない。
アルファベットもカタカナも漢字もひらがなも、全部を壊れたタイプライターが打ったみたいに、ばらばらに並べてあるだけだ。
念のため本を引き抜いて中身を見てみても、ひとつもことばになっていない。

これは私の夢なのに、誰がなんのために、誰をだまそうとしているんだろう?
夢の中に出てくるものの中でただひとつ、本だけがはりぼてなのだ。
いつもいつも。

夢が醒めないうちに他の本を抜いて、確かめる。
自分を暴こうとしているみたいに。
わたしのあたまのなかにつまっている、意味をなさない緩衝材みたいなものを振るいおとそうとするみたいに。