何のためのプライドなのか

あるジャーナリストの名前がタイムラインに飛び込んできて、思い出したので書く。

数年前、友人ダンサーに頼まれて舞台写真を撮ったことがある。私は本番にシャッター音が鳴るのが嫌だからゲネで写真は撮りきって、本番は映像を撮っていた。その公演には数組の作り手が参加していて、そのなかの一組は日本から来た方たちだった。ジャーナリストのU氏はその方たちに写真撮影を頼まれていたのだった。
途中休みがあって、照明や舞台転換をするためスタッフ以外は外に出て下さいというアナウンスがあった。外に出ようとしたら何やら照明家さんが誰かと言い争っている。私はその劇場で何度も踊っていて照明家さんとも友人同士であるのでどうしたのかと間に入ったら、どうやらそのU氏が外に出たくないとごねているらしい。俺はダンサーに頼まれてわざわざパリまで来ている、なぜ追い出されなければならないのだというようなことを言っている。
本番中、この方が大きなシャッター音をさせながら写真を撮っていたことを思い出しつつ私は「照明や舞台装置だってクリエイションのひとつなんです。あなたがどんな立場であれここではスタッフさんのやり方を尊重すべきじゃないですか」と言ったら「お前みたいな駆け出しカメラマンが口を出すな」とえらい剣幕で怒鳴ってきた。そんなふうに言われても痛くも痒くもないが、初対面の人間にそんなことを言う大人がまだいたもんだなと驚いた。
出ていってください、いいや出ていかないの悶着が続いてさすがに他の観客たちも扉の外でざわめき始める。ダンサーたちも楽屋から出てきて必死になだめようとするが、収まらない。全員が女性だからなのか、今にも殴りかかろうかというようなジェスチャーをまじえて威嚇してくる。ダンサーはもう震えているし、照明家さんも怖くて固まってしまっている。
私はこういう完全に怒っても構わないシチュエーションではすっと腹が決まって冷静になれるので殴るなら殴れと一歩も引かなかった。「あなたは何をしにここに来たんですか?良い舞台を撮るためでしょ。本番前のダンサーをこんな気持ちにさせて、舞台側の予定もこんなに遅らせて恥ずかしくないんですか。本当にプロのカメラマン?」と嫌味を含めつつ詰める。だって腹が立ったから。
U氏は激昂した末、照明家に「お前のようなブス」と暴言を吐いた。
あー…、これはいけない。と私は思って「いや、もうだめです。あなた出ていって下さい。つまみ出されたいですか」とU氏を劇場から追い出したのだった。
彼は休憩が終わっても帰ってこなかった。
カメラマンとしての矜持もなかったみたい。

ダンサーたちは外でU氏に謝っていたけれど、謝る必要なんかない。
彼女たちに、本番の写真が必要だったら私が撮るよと申し出たけれど結局撮らないことになったのだったと思う。