輪郭

本番の小屋の時間を稽古に頂いた。
向かう時なぜだかものすごく緊張してずっと足にもちからが入らず、手も震えっぱなしだった。
本番の日だったら無理矢理にでもあれこれ手を尽くして緊張を沈めるのだけれど、今日は好きにしたらいい、と野放しにした。
早めに出て着いてからも少し外で景色を見て、なにを緊張しているんだろう、と自分を眺めて不思議だった。

pit北は以前お芝居に出た時に使わせてもらったし、ヴァイオリンのMちゃんもその時に弾いてくれている。
ゆっくり着替えて舞台に寝転んで床に密着して、そうしてすっと肝が座る。
もう手も足も震えないし呼吸も苦しくない。
ちょうどいい空間だなと思う。
40〜50分過ごすには程よい空気の量。
床と喧嘩しないように、時間に置いていかれないように、重力が怖くないように、からだを馴染ませて分解させていく。
音が呼吸を操作するからからだがそれをなぞりたくなる。
たどって、反発して、遊んで。
今日のいい作業が本番でもできたらいいんだけどな。
もうこればかりは生ものなのでどうしようもない。
こんなに何度も舞台に出ていても完全にコントロールすることはできない。ただその日の自分の状態がどのタイプであるかを知って、微妙にしぼっていって、かちりと合わせる努力をするだけ。
緊張やはみ出たことも、大きく飲み込んで乗せるだけ。

稽古の最後はずっとMちゃんの音を聴いていた。
からだは自由なはずなのにどうしてもっといろんな色や音を出せないんだろう。
わたしには聞こえているしあふれそうなのに、それが表面にはぜんぜん、到達しない。
からだがなければいいのにってときどき思う。
でもからだがなかったら、このかたちを示すことはできない。
なんていうジレンマなんだろう。