12月の歯抜け日記

12月2日

Nさんと美術館に行き、Les Enfants Rougesへ。クスクスやタジンを食べる。ここでジュリー・デルピーに会って握手をしたんですよと自慢するも、Nさんはご存知でなかった。

大好きな絵本の全集をSがプレゼントしてくれたのでそれを引き取りに行く。帰ってきて一緒に最初の一冊をゆっくりゆっくりめくる。他の巻はまた別の日に眺めよう。

ヨイヨルさんのPodcastの最新回を楽しみに聴く。

ヨイヨルさんのラジオはいつ聴いてもいい。

私は話すことが苦手で書くほうがいくぶん得意かと考えていたことがあるけれど、それははなはだ疑問だ。たわいのないことなのだけれど何か感覚にひっかかったこと、を話してみるのはいいかもしれない(※たわいのない、というのは私が日頃拾いやすいものののことを指しているのであって、ヨイヨルさんのラジオとは関係のないこと)。
書くよりも行きつ戻りつしながら説明をしなおせるし、感覚をなぞりかえすようなことができて結果的に少し遠くにいけるかもしれない。

 

12月7日

恒例になったブランドの撮影。といっても今回は他のブランドの発表と時期がずれているらしくお客さんも少ない。
一着ずつラックから移動して服の詳細を撮る。ビーズや金属、刺繍が縫い込まれた服が多くてどれも鎧のように重たい。会場にある服はすべてモデルサイズであるため、ハンガーも通常より高く、数百着を上げ下ろししていると肩が凝る。
ハンガーにかかっているものも、モデルがそれを着た時のものも繰り返し撮っていると、そのシーズンの新作をすべて自然に覚えてゆくことになる。

1年を通して作品を見たけれど、最初に感じた「高いものだけあって良い布できちっと作られている」という驚きは薄れてきたかもしれない。慣れもあるが、なんというか、私の知らない世界だったけれど、やっぱり天井はこのくらいか、という気持ちかもしれない。
私にとってはフランスに来て初めて行った蚤の市で触れた、きちっと目が詰まって織られた綿でできたパジャマの、何十年も着られながら擦り切れもせず変わらず丈夫なままであるあの細かい布の目や縫い目の方が心を捉える対象であるのだと思う。

 

12月9日

もしかしたら来年は、少しずつ頑なさを溶かしていく年になるのかなという予感がする。
自分が信じているものを手放すことはしないけれど、でも全部それに当てはめなくても良いし、使いどころを見極める…つまりたとえば踊りのことには適用できなくてもストレッチにはその手段を使えば今よりも親切に伝わるかもしれない…、具体的に言えばそういうようなこと。
自分をいったん離れて(ほんとうの意味で離れて)見たり聞いたりしてみられるだろうか。

 

12月21日

ほとんど日記を書けなかった12月。
考えていることはいっぱいあるのに、それが膨らむばかりでどうやって体の外に出たらいいのかわからないような日が続いた。
理由はきっと簡単。立ち止まって考えているだけだからだ。
考えるのはやめて手を動かそう。
頭の中でだけなら、いくらでも自分に厳しいフリができるし、いくらでも人を批判して涼しい顔をしていることもできる。