忙しいいちにちのこと

一日をふいにしたことで焦りが大きくなったのか、目を閉じるとNYでしたいと思っていたこと、できるはずだったこと、しなきゃいけないと思っていたことが次々に映像になって襲ってきて、まるで高熱の時の夢みたいだった。
それなのに起きていたときのことは日記を書いたこと以外あまり覚えていなくて、いつのまにかカメラの電池を取り替えていたり水を飲み干したりしている。

今日は最終日。
バレエのチケットが残っていたのだけれどそれよりもここでしかできないやらなきゃいけないことがあるぞ(うなされるほどに)と思ってじっくりひとを撮ることとギャラリーまわりに費やすことに。
ひとを撮ると言っても声をかける勇気はなくてほとんどが私に気づいていないときに撮ることになってしまうのだけれど、情けないことに・・。

撮りながらいろんなことを考える。
どうしてこのひとを選んだのかなとか、この角度を選んだのはどうしてだろうとか、そんなことはあとから考える。向かっている時にはもっと他の瑣末な、定まらないことを頭に散らせる。
撮る瞬間は息を止めるみたいに思考も止まるけど。
出会ったシーンは全部撮ろう、撮りたいと思ったものには全部カメラを向けてみよう、と次々に撮っていくうちになんだかこれはなにかの副産物みたいだなという気がしてきて、それでもいいからそのまま撮ってみたり一時中断してみたり。
でもなんだかからっぽのようになる瞬間が訪れそうな気がした。
からっぽって、この場合いい感触である予感がした。
でもまだ予感。
たぐり寄せられなかった。


それからチェルシーの25thストリートと26thストリートのギャラリーを回る。
印象に残ったのはSergei Isupovのとある作品とGOXWA。
Goxwaの人物画にはそんなにこころ惹かれなかったけれど静物と風景がよかった。

今日いちばんギャラリーめぐりで楽しかったのは26thストリートにあるギャラリー集合アパートみたいな建物に迷い込んだこと。
エレベーターに乗ったとたんマダム・ピーピーみたいなかんじでボーイさんがいてこれは間違った!と思った。
でもギャラリーと書いてあるから9Fに降りてみたらすごくぽかんと真っ白な空間がひらけていて、ここは病院だろうかと思った。
最初の部屋は大きくドアが開け放たれていて、大きなソファにゆったりとした服を着た華奢な女の子と差し向かいに男の人がいて、部屋全体が何かを通して冷たくなった太陽のひかりに包まれていた。
もしかしてここは普通の病院じゃないかもしれない、難しい病気を扱う小児科とか精神病院かもしれない、と一瞬思った。
鼻の奥がつーんとするくらいに静かで、もう変わらないから終わらない、みたいな時間があるようにみえた。
その階は他の扉は全部閉ざされていて、ときどき窓があってとなりの建物の給水塔が見えたり、流れ出したガラスの落書きの向こうに空が見えたりした。
誰にも遭わなくて静かな匂いがして厚いガラスを通す景色には音がなくて。
迷子になったみたいな気持ちでその建物を1階ずつ降りてきたらやっぱりそこはときどきギャラリーがあったりアトリエでアーティストが一緒に何かをやっていたり(時にはほんとうに住宅だったりしたのだろうけど)最初の印象のような変わった場所ではなかった。
作品を見ることとはぜんぜん違う次元で自分をかきまわすような、ことばにできないような浮いた時間だった。

そのあと川口さんと合流してアトリエのオーナーさんとお話をさせていただいた。
26thのOnishiギャラリーでお正月から篆刻の展示があって、川口さんが記事を書くことになっているからついて行って、おはなしだけでも聞いてみようと思って。

そして今日はジョン・レノンの命日だったので、オノ・ヨーコさんのおうちの前にある記念碑まで行ってきました。
日本にもTV中継されたかもしれないけれどちょうど亡くなって30年ということもあってかひとがいっぱいで、中心には到底辿りつけなかった。
けれど輪のいちばん外で歌ってきました。
オノ・ヨーコさんは今日本にいらっしゃるそうなのだけれど、お部屋にろうそくが灯っていた。

それからもしかしたらパフォーマンスを飛び入りでできるかも、というライブハウスに行ってみたのだけれどちょっと出演できるかもしれない時間が見えなくて今日は諦めた。(明日出発だから)
でもそこに行く途中に電球をいっぱい付けたハングライダーみたいな、巨大なクラゲみたいなものが空を飛んでいるのを見ました。
それとも自転車にあごひげの長い魔法使いが乗っていて、その屋根替わりの布がはためいていたのかもしれない(というのはそれを見た瞬間あたまに浮かんだのがそのイメージだったから)。
もうオリオン座が見えるくらい真っ暗だったのにそのひかりが地上には吹いていない風に揉まれて転がるように飛んでいきました。
なんだったんだろう。
NY在住の川口さんもあんなもの初めて見た、と呆然としていました。
大変なものを見ちゃったのかな。
明日アメリカの秘密警察に息の根を止められて目を覚まさなかった、みたいなことがありませんように。

メモみたいな日記でごめんなさい。

明日帰国します。