* 埋葬、土と水の性質、明日はAAPA本番舞台下見



風の音をききながら暗闇で目を開けて、『桜桃の味』のことを思い出した。
迷わないように目をあけたままブラジルの埋葬された赤ちゃんのことも。
それにしても、ひとの棺おけほどのスペースにも雨は等しく降るのだ。

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犬の足の裏がその一日を語っているように、からだも語れないものかと思う。
ほんとうは色濃く染み付くはずのものを、いつかの意識が今は無意識となって残らないようにしているのだという気がする。
たぶんわたしの場合は、矛盾の共存を理解できなかったから。
内包するには大きすぎて深くふかく沈め、ぱちんと蓋をした。

ギリシャの神様みたいにすっとした横顔でぶどう酒を飲んでいたけれど、どうやらその箱のなかみまで全部欲しいようだ。
単純じゃない道をとおって、もうわかりきったようなことをつかまえにゆく。
わたしの足の裏はたくさんの土や草やアスファルトを踏んで、夕方にはすべての香りをはなつはずだ。

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そうだ、振付けを覚えなくてはいけない。
明日、現場である日ノ出に行くことができる。
今回踊る場所はちょっと特殊です。
AAPAはいつも特殊だけれど、それにしても特殊。
現場で得ることができる新しい感覚、不自由を、またからだから取り出して振りに反映させる。

AAPAの作品のつくりかたが、今とても面白い。
あと2週間で本番になってしまうのが惜しいくらい。
つくる過程の発見が、楽しい。

楽しいけれど私はちゃんと与えるダンサーでもいなくては。
もらってばっかりじゃ、役にたたない。