* 新宿/今はない家、逃げた鳥



住んでいたところは今はもう別のたてものが建っている。
通りかかったらベンツに乗った外国のひとがオールセキュリティーのドアを入っていった。
私が住んでいた頃はささやかな、社宅であったのに。


住んでいた場所がなくなってしまうって、とても不思議だ。
知っている場所がなくなってしまうって、不思議。
なんだか歩いていて、自分が知っていて今も残っている場所だけが実在していて、新しくてわたしの知らないたてものはぽっかり穴のように感じた。


当時飼っていたインコが逃げて、この隣のたてものの敷地内に逃げてしまったことがあったな。
薄いももいろの壁に黄色い羽根の色が映えて、とてもきれいだった。

電線に止まっているときに好きなお菓子の袋をがさがささせたらこっちを振り向いたのに、鳩にびっくりしてばさばさと飛んだあと、二度と戻ってくれなかった。
たいせつなものが、懸命にひきよせようとしてもかなわず、するりとぬけて二度とこの手に戻らないあの感触。