* 火と水、石と木



ひとりでいっておいで、とぽんと放たれてしばらくはこころもとなかった。
薄い表面になって流れる水を長いこと見ていた。
わたしのなかの水のことを思った。
予想しなかった景色に呆然とした。自分の時間と大きさが急にわからなくなった。
まずはわたしも筋を通そうと踵をかえす。
いろんなことがぎこちないのは許してくれるだろうか。
これ、と思ったもので水を掬い、遠慮がちに流す。

気持ちよく整えられ、無駄なものがなく、静かだった。
新しい稲の束が美しいと思った。
目を閉じて話しかけようとするけれどどうしても見たくなってしまう。見て、そこに吸い取ってもらうしかほんとうのことは伝わらないような気がした。懸命に並べたことばでは。
何を連れて行ってもらうべきだろう、と考えた。

太陽のひかりを結んだ火は、私が考えていた猛々しさや荒々しさとはまったく違うものだった。
もっと厳しいところだと思っていた。
水と火、相反するもので圧倒されてしまうのではないか、もしかしたらはじかれてしまうのではないか。
でもそんなことは全然なかった。
ただ静かに迎え入れてくれた。

改めて能殿の前に座った。
囲む水の波が柱を揺らしているほかはまったく静かだった。
鯉に餌をあげている親子も声も包んで落ち葉みたいにくるくる空まで巻き上げていく。
その日、私がいちばん会話を交わしたのは落ち葉だったかもしれない。
なにかを想像するわけでもなくただその姿に魅入っていた。
これを造ったひとと話したいと思った。ろくなことは話せないだろうけど。
座っているといろんなことが頭にわき上がって、去っていった。
こうして静かに考えるためにこういう場所にはたくさん自然が配置してあるんだろうか。
能とは関係のないさまざまなこと。
踊ることとも関係のない、あらゆること。
突然浮かび、とらえて、また別の出来事に押し流されてゆく。
ちいさく世界を発見して、自分を発見して、飲み込んだり忘れたりする。
その火に焼いてもらう、今わたしが一番大切にしたい望みのような決意のようなことばがひらめく。
その時急に風が強く吹いて、そのことば以外にないことを確信した。

火も水もただ静かだった。
わたしはずっと思い違いをしていたと気づいた。
魅せるためには派手である必要などない。
エネルギーの強さはそのすがたがもつ外見の強さとは必ずしもひとしくない。
時を支配する静けさがある。
ぎざぎざと動かなくても、濁らなくても、強くいられる。
わたしのなかの水が抱く炎は鎮められるべき存在ではなかった。
刹那でかき消し、かき消えようとしてはいなかった。
それ自身が辛抱強く息をして、つつむ腕を持っていた。

内側に持つものをゆるして、ないがしろにせず育ててゆくことは、余分なものがたくさんぶらさがっているわたしの両手には難しい。
中心に抱くのは透明な闇で、ひかりと影が同時にいる。
だから、決して何にも乱されないことはわかっているんだけれど。