* 夢/弦楽器を弾く



パブロ・カザルスのバッハを聴きながら寝た。

Mちゃんがバイオリンを貸してくれてそれを一生懸命弾こうとする。
間違って持ち手側をあごに挟んで弾いてみたりしちゃう。
弦が、ナイロンの引越し紐みたいなものでできていて、Mちゃんのバイオリンはとても使い込まれているため1本が綿毛のように膨らんでいる。いちいちそれを指でかきつめながら押さえなければいけないからとても難しい。
手がつりそうだなあと思いながら、私は無伴奏チェロソナタを弾いてみたくていろいろ試みる。

弦に弓を程よい重さで載せてちゃんとその接点のことをきいてあげる。
手ごたえを離さないように弓をひいてあげることをずっと考えた。
通りがかりの外国のひとが私を見ている。
そんなときに容易に音を出そうとすると私とその接点の関係は崩れ、いちからやりなおしになる。

きちんと深い音が出ると、あごと鎖骨ではさんでいるバイオリンの体から私の肺の中に音が流れ込んできた。
深くローストされたような苦み、栗のように磨き上げられた呼吸。
歯も、肋骨も、頭蓋骨も音で満たされてじりじりと細かく振動する。
そのうちとても細かい粒になって風に飛散してしまうかもしれない。
でもたぶんこの音がその中心で繋ぎとめてくれるだろう。