* 通り抜ける景色や風と、抜けない時間のこと



ゴットランドに行ったとき、もっと撮って、もっと身を浸してきたらよかった。
フェリシアにもらった高熱をひきずって歩いたから今でもゴットランドの景色には息苦しいひりひりが付きまとっている。
地図で見るとほんとうに遠くてちいさくて、私がそこに足を踏み入れたなんてちょっと信じがたい。

サクリファイスのように特別な樹をみつけた。
出会うまでそんなこと意識していなかった。
海から吹き付ける風から私を守り、ちぎれてゆく白い空をしばらく一緒に見てくれた樹。
わたしたちはびしょぬれで冷え切っていて、だから手のひらで幹を触れたときにその皮の奥でおこなわれていることをじっと探ろうとした。
わたしのかすかな鼻歌はすぐにそこから引き剥がされてばらばらになった。
うたも奪えばいいし、わたしたちのあたたかさも全部もって行けばいい。
その代わりわたしはどこまで続いているのか、この先になにがあるのか分からない水平線をひきうける。
こちらにむかってたたみかける波をどんどん飲み込んでいるからなにも失っている気がしない。

いまでもあそこに立ち尽くしているかのようだ。


(その時の日記