雷のみち、ねじまきの速度

引っ越してきたころ、このあたりは夏になるとかならず激しい雷につつまれた。
ひかりよりも先に衝撃がくるようなそんな激しさで射られたあとは、薄い絹を引いてゆくように空気が冷たくなって、強い雨が残される。雨はすぐに夕焼けにとって変わられて、うかがうようにセミが鳴きだす。
それを重ねるたびに秋に近くなる。
ただそれをぼおっと眺めることがなかなかできなくなって何年も経つけど、どうやら雷雲のルートからうちは外れてしまったようだ。
以前は真上を通っているとしか思えなかったのに。

遅い昼を家で食べていたら小鳥がきょろきょろしだした。
その瞬間足がすっと冷たくなって北からの風に変わったことに気づいた。
ベランダに出たら雲がどんどん南西の方に落ちるように流れて、東京の中心部は二重の雲に黒く覆われていてちょっと怖いような眺めだった。


毎日の天気や季節が変わる日のこと、空やいつも見かける植物の様子。
そういうことを一生懸命受け取ろうとするのはたいてい自分が張り詰めているときだ。
窒息するまいとして、内側のくもりを晴らそうとして、きちんと時間と自分をなじませようとして新しい色をとりこむ。
そういう時に感じることがらはなかなか素敵だった、と思う。
そしてただぼおっとそれを眺めて、何にも追い詰められずにいられることも、やっぱり素敵で。


だけどそろそろゆさぶりをかけられたい。