* いっぽんの樹



この樹、わたしをよんだ。
そのまま素直に、わたしも引き寄せられていった。

どうしたの?
と触れてももちろんなにも言わないけれど。

ほとんどうえばかりを向いて伸びていっている樹がある。
根の近くに立つものを見下ろしている樹がある。
この樹は、まっすぐ全身で西を向いていた。
風も、太陽も、雨も、夜も、寒さもこどもの声も街のふるえも、
打ち寄せられる砂浜みたいにそれぞれごとに受けながら。

いまわたしがこの樹のことを考えていれば、あの樹は耳のひとつをわたしに貸してくれているんだろうか、
このよるのなかで。