* 雪虫



八王子の石原さんのおうちにお邪魔したとき、庭で青白いおしりのちいさな虫を見かけた。
今まで見たことのない虫だった。
白い小さな花びらのかけらを運んでいるのかと思った。
無風の、あたたかい日差しのなかをゆっくりと確かめるように飛んで、きらきら光っていた。
ちいさいときの記憶を目の前にしていた。そこにいる羽虫も、私も、ベランダの手すりも、葉っぱの一枚いちまいも、どこか遠くの海もきりんも、ひとしく太陽に照らされているんだという驚きに包まれた、いつかの午後。
懐かしい記憶を運んでくれたその虫はちょっとクリオネに似ていると思った。
安定せず、さまよいながら葉に隠れては現れを繰り返す。

野川に行ったときにも同じ虫を見かけた。
一瞬、この虫はずっと私についてきたんじゃないかと思った。
そんなはずはもちろんない。
ゆっくり差し出した手に止まった虫をよく見たら、その白い部分は綿か粉のようだった。
心臓がどきんとした。
余計にわけがわからなくなったから。

なんだろう、あの虫。
ずっと不思議な気持ちで、翌日会社で仲のいい女の子に変な虫を見たんだよと話そうとしたその瞬間、もしかしてあれが雪虫なんじゃないかとはっとひらめいた。
ひらめいたっていうのも変だけれど。

もう4年くらい前から雪虫の話を雪国の友達から聞いていて、ずっと見てみたいと思っていた。
知りたいなら調べればいいのにそれはなんとなくしたくなくて、私の中で雪虫は冬のホタルのようなイメージだった。
あんなに小さなものは想像していなかった。
だからどうしてその瞬間あれが雪虫だと気づいたのかわからない。
話そうとした友達が北海道出身だったから、意識のほんのはしにそのことがまたたいた瞬間になにかがつながったのかな。
時々、知らない花や木の名前がぽんと浮かぶことがある。(間違っていることも往々にしてあるけれど)
不思議だけれどでもその名前をつけられたということはやっぱりその名前のようであるからに違いないのでそんなには不思議じゃないんだろう。
…それとは少し違うか。

会社の友達は今年で東京に来て8年になるけど、私も今年初めて東京で雪虫見たよ、と言っていた。
雪虫の雪の部分、触ると説けて雪虫死んじゃうんだよ、と教えてくれた。
あそこはほんとに凍ってるの?
いや、たぶん違うと思うんだけど、でも触ると消えるの。で、死んじゃう。
すごく不思議な話だった。

その後教えていただいてwikiを読んだところによると、雪虫はやはり寒いところの虫だから、ひとの体温くらいあたためられると弱ってしまうんだって。
雪虫はアブラムシの仲間で、白い部分は蝋のような成分らしい。
あれがものにくっつきやすい性質を持っているのですぐ壁とか車とかにくっついてしまい、死んじゃうみたい。
見かけどおり儚い虫でした。

今年、東京は雪が多いのかなもしかして。