* 『クララからの手紙』 トーベ・ヤンソン



トーベ・ヤンソンの短編集。
おばあちゃんが寝ているときにこっそりラジオを消し、こたつにもぐりこんで読んだ。
好きな文章をいくつか。

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   人間ってやつは、だれかを尊敬すると、そのだれかを所有する権利がある。
   相手を所有していると思いこむものなんだとね。
   (略)いわば、相手を利用するってわけさ。尊敬されている当人はどうしようもないのにね。
   (略)それが愉しいと思うか?酸っぱいものさ、一瞬たりとも自分は自由だと思えないんだからな。


   ゆるすほうはいつだって優位にあって、ゆるされるほはみじめな気持ちになる


   しずむ夕陽が窓からまっすぐ入ってくるので、わたしの絵はかがやきだす。
   だれにも見せられないのはちょっと残念だ。
   でも、しかられるか、ほめられるか、そのどっちかだってことはわかっている。
   そうしたらもうすべてがちがってしまう。

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特に “夏について” という章は全部を記しておきたいくらいに好き。
そのなかでも一番好きな文章を。

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   夕陽が沈もうとしていた。嵐のあと、水位はボート小屋にとどくまで上がった。浜辺につづく野原が
   すっかり水びたしだ。うねる高波が脚にまつわりつくとき、もつれる草をふみしめて歩くのは気持ちが
   いい。ぼろぼろの樽を見つけ、ボートをつなぐ浜辺までころがし、まっすぐ立てて、中にもぐりこむ。
   水にしずんだ草はとてもやわらかく、かたときもじっとしていない。
   自分は潜水艦の中にいると考えた。樽にはちょうどいい穴があって、そこから太陽が見える。
   太陽は焔のように赤く、樽の壁を赤くそめる。
   わたしはあたたかい水の中に腰をおろす。だれもわたしがここにいると知らない。
   その夕方はもうなにも起きなかった。


クララからの手紙 (トーベ・ヤンソン・コレクション)