金木犀



この季節は金木犀のことばかり考えてしまう。
春にさくらのことを考えるのと同じ。

毎年この季節になると思いだす光景がある。

私は透明の傘をさして雨の中金木犀の大きな木の下に立っている。
もう花のおわりの季節で、しずくとともに橙色の花が傘にぽつぽつと増えてゆく。
弾かれて土に落ちる鮮やかな色が目にまぶしかった。

ブロック塀は濡れていて寄りかかることができない。
服が濡れたら家に入る時に怒られるだろう。
わたしはぶかぶかのスニーカーを履いていた。
靴を泥だらけにしたことを気にしながらも見上げることだけに注いでいた。

そこは長い道の終わりをすぱっと切って住宅地にした場所だった。
雨が降るとうまく抜けられない水が小さな畑の溝を浸してしまう。
寒い朝には薄く雲が地面を這った。
ある正月の夜明けにそれを眺めながら大きな言い争いをした気がする。
わたしは立ちのぼりたゆたう霞を目にいれながら、怒った顔をしながらほんとうは美しさにこころを奪われていて、結局はもう喧嘩なんかどうでもいいからこの綺麗な一瞬を見てよ!ということになったのだった。

いつも手足の先が冷えるような、そんな場所に立ちつくしていた。
金木犀のかおりが素敵で、胸いっぱいに吸い込む。
いっぱいにしていなければその時は、いろんなことがむつかしかったんだろう。